マスメディアのチェックが必要と思った理由

今でこそマスメディアのチェックの重要性を強く意識するようになりましたが、その様に思うきっかけとしてラジオ番組「荻上チキ・Session-22」があります。

この番組に限ったことでないと思いますが、政府・与党へのチェックが批判に変わり、いつの間にか悪口という様な次元まで落ちてしまっているメディアが多いように感じています。

例えば、元東京オリンピック・パラリンピック競技大会担当相の桜田氏が担当相時代に、大病を公表したスポーツ選手に対しての発言が物議を醸した事がありました。

この時の発言は全文を確認すれば必ずしも全面的に桜田氏に非があるようには感じませんでした。
しかしながら、この際の荻上さんは桜田氏の発言を人として如何なものかという趣旨の発言をされていた様に記憶しています。

普段の荻上チキさんの論調を知っている方なら分かっていただけると思いますが、人としてという発言の様な人格否定はしないというよりも、そのような発言を批判するはずと思います。

常々、政権が長期になると驕りや緩みが出てくるといわれますが、正にこのセッション22も同じ状況になっているように危惧します。(番組は2013年からの放送です)

番組が長期になって変わった事として、番組では〇〇モードといった色々な切り口のメインコーナーがあります。

中にはバトルモードという対立した論調の人で討論をする企画もあります。
ところが、最近はバトルモードをする事は(ほとんど)なくなり、いつも荻上チキさんと同じ論調の人ばかりが番組に呼ばれ、仲良くディスカッションをしている印象です。

まるで、現政権が長期政権となるにつれ、野党が要求しても予算員会などを開かない状況に似ています。
割と荻上チキさんはこの政権が予算員会などの討論の場を開こうとしない状況を皮肉りますが、その番組自体が同じ様な状況になっているが虚しく感じます。

結局の所メディア側も気を抜けば弛んできていつの間にか必要性の無い物と変わってくることがこのセッション22を初回から聞いていて思った感想です。

良い日本になってもらうためには、政権・与党へのチェックと同じくメディア側へのチェックにも気を抜かないようにし、時には必要な提案、批判もしていかないといけないと考えています。

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